あとかたの街

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『この世界の片隅に』を観たという話をしたところ、おざわゆき『あとかたの街』(講談社KC BELOVE)というマンガもお薦めですと言って下さった方がおられたので、「ツタヤ」で借りて読んでみたら非常に面白かった。

全5巻なのだが、最終巻の巻末に「戦後70年スペシャル対談 おざわゆき×こうの史代 戦争の時代を漫画で描くということ」というのがついていて、そこにこういうくだりがある。

こうの 私はおざわさんの漫画を読んで、食べ物がなくお腹がすくことを、「漫画で表現できるんだ」と初めて気づかされたんです。私には不可能だと思っていました。私にはとてもできない方法で、それを表現されていることに驚いたんです。

おざわ ありがとうございます。

そう、このマンガは「太平洋戦争末期の日本人はお腹がすいていたのだ」ということをはっきりと伝えるところから始まる。当時が食糧難だったことはみんな知識で知っていると思うけれど、たとえば『はだしのゲン』だって『この世界の片隅に』だって、その空腹を読者に実感させることのできる作品ではなかった(それは、いま挙げた作品のどちらもが、読者に空腹を実感させる、こうのさんの言う「方法」、つまり「料理それ自体をおいしそうに描くこと」になじまなかったからだろう)。

そして『あとかたの街』は、そこから話を始めることで、『はだしのゲン』や『この世界の片隅に』とは違ったトーンで太平洋戦争末期を語ることに成功している。

どんなトーンなのか。

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何度も書くが、こうの史代さんが『夕凪の街』や『この世界の片隅に』を書いたときの姿勢というのは、「ヒロシマを描くこと・太平洋戦争を描くことが、既成の政治的ディスクールの一部に取り込まれてしまうことを非常に慎重に避ける」というものだった。前述の対談の中でもそのことが改めて繰り返されているので、少し長いし『あとかたの街』の話からすれば横道なのだけれど、引用しておく。

おざわ 以前、こうのさんがご自身の作品を戦争漫画とひとくくりにされることについて、「私は戦争の伝承者として描いているわけではない」とおっしゃっているのを記事で見たことがあるんです。

こうの ええ。

おざわ 私はそのお言葉にとても納得しました。

こうの 私は戦争を描く者として、たくさんある中のひとつのテーマとして「戦争」を描いたにすぎないんですね。というのも、戦争漫画は「戦後漫画の伝統」だと思っているところがあります。夏ごとに読み切りが載ることもそうですし、手塚治虫先生らも戦争体験をされてらして、その体験が傷として残り、作品となり、そこから人生観や死生観を抱いた読者の方々はたくさんいます。戦争漫画は、たくさんの漫画家さんによって描かれなければいけないと思っています。ひとりが独占して描いてしまうと他の人が描きにくくなりますし、いろんな絵柄の人がいて、いろんな描き方の人がいないと、届く人が減ってしまうと思います。このジャンルは幅広くなっていってほしい。

おざわ 「戦争の伝承者」とくくられてしまいがちですが、「その位置ではない部分」から描くというアプローチは大事ですね。

こうの その通りだと思います。

「ここでおふたりがお話しになっているのは『マンガとしてのアプローチの違い』の話に過ぎないのではないですか」ときく人もいるかもしれないが、いま改めて『夕凪の街』のあとがきを読み返し、なんでこうの史代が自分のスタンス・アプローチの問題を最初にこれほど考えたかというと、やっぱりそれは自分の作品が既成の政治的ディスクールの一部に取り込まれてしまう結果に陥るのがイヤだったからだろう、と思う。面と向かってそういう言い方はできない(「反戦・平和」というのが正義の一部であることを否定できる人はいないはずだ)けれど、やっぱり「それだけ」の作品にしたくないとこうの史代が思ったとしたら、その理由は知らないけれど、そのこと自体はとても納得できる(ただ、ぼくは個人的に、その結果として生まれた『夕凪の街』という作品があまり好きではない。『夕凪の街』は「現代人にとっての分かりやすさ」をあまりにも優先し過ぎていて、「これがほんとうに当時戦災に遭った人たちの実感なの?」と、ぼくは疑問を抱かずにいられない)。

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一方、『あとかたの街』は、太平洋戦争末期について、当時の銃後の生活と何より空襲について、「あんな目に遭うのは二度と御免だ」とはっきり思っている人たち、そう思うからこそ自分たちの体験を後世に伝えたいとはっきり意識している人たち、が提供して下さった資料を積み上げて描かれた。そして作者自身、「そういう体験と資料の果てに何らかの政治的ディスクールが生成されていくとしたら、それはそれで当たり前のことではないか」と割り切ったところで作品を公開しているのだと思う。

そのひとつの証拠が、第3巻のカバー見返しにあるメッセージである。

戦争をテーマに漫画を描いていると、つくづく思うのですが、戦争というのは”過去”の事ではなく、”今”も”未来”もなのだなぁということです。私達に出来る事は、今を”戦前”にしない事だと思います。 おざわゆき

これは「政治的ディスクール」そのものかもしれないけれど、シンプルな実感としてもやはりそうだろう。ちなみに、「夕凪の街」が『漫画アクション』に掲載されたのは2003年、「あとかたの街」が『BE・LOVE』に連載されたのは2014-2015年である。「戦争マンガをいったん政治的ディスクールからひっぺがしたあとそれが再び政治的ディスクールの一部になっても構わないと割り切れるまで10年かかった」という言い方ができるかもしれないが、その10年間で読者の意識がそれほど変わったとも思えない(もっともこの間、政権それ自体はいったん過去最大に左ブレしたあと過去最大右に振れ戻して戦後70年を迎えたけれど)。

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では、『あとかたの街』は、太平洋戦争末期をどのようなトーンで描いているか。

いつもお腹が減っている、国民学校高等科のあいちゃん。彼女が戦争という現実を前にいつも感じるのは、

無力感である。

太平洋戦争末期の銃後の生活を描いた作品としてぼくが読んだのは、マンガだと『はだしのゲン』と『この世界の片隅に』、小説だと三浦綾子さんの自伝と今江祥智の長編小説(と、直接には終戦直後の物語だけれど、野坂昭如の『アメリカひじき・火垂るの墓』)ぐらいだけれど、どの作品も当時の生活を「何らかの信念を持って自分なりにたたかっていた」と描くか「つらいなり苦しいなりに日常というものがあった」と描くかのどちらかだったように思う。

だが、『あとかたの街』を読んで思うのだ、「何ヶ月単位で空腹にさらされ続けている人たちが意気軒昂・気力充実してるわけがないよね」と。ぼくは6日断食したことがあるが、5日目・6日目と復食してから2・3日はもう動くことも考えることも何もできなかった、それこそ「食べ物のことを考える」こと以外。あの状態を何ヶ月と続けながら、竹槍を握ったりバケツリレーしたりできるものか。そこにB29やP38(「グラマン」ではなくてライトニングに機銃掃射されたという話はぼくは初めてきくが)が飛んでくるのである。気力を奮い立たせろという方が無理なのではなかったろうか。

もちろん、それを口にしてはいけない時代だったのである。だからみんな言わなかったし、考えないようにしてきたのだが、「内面を描く」ことで成立する少女マンガで太平洋戦争末期を描くとしたら、その「内面」って、やっぱりまず「空腹」で、次は空腹と米軍の圧倒的装備とを前にした「無力感」だろう、ということになる。作者に体験を語ってきかせた人たちがこの無力感を自ら口にしたかどうか、ぼくは知らない。それをあえて口にした人たちはいなかったのではないかとぼくはなんとなく思うけれど、作者の中で「あいちゃん」が造形されていく中で、あいちゃんの内面の核心はと考えたら、誰も語らなかったことだけれど、空腹と無力感しかないだろう、というふうになっていったのではないだろうか。

そうやって、語られたことばでもそれを聞いた作者自身でもないところに空腹と無力感を抱えた「あいちゃん」が生まれて自分の足で歩き出す。そのあいちゃんの生命が戦後70年の「政治的ディスクール」を超えたところで確固として存在しているから、この作品は成立しているのである。おくづけに「この作品はフィクションです。実在の人物、団体名等とは関係ありません。」と書いてあって、いやこの作品は一種の実録モノなのではないの?と一瞬思うが、資料をそのままマンガに起こすことを超えて高度な文学的造形があってはじめて成立しているという意味では、この作品はやっぱり「フィクション」だし、「フィクション」だから持ち得る生命が、この作品にはあるのである。

(2018年4月)

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