カテゴリー「雑学・雑事」の12件の記事

18歳の有権者に

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選挙権が18歳からに引き下げられ、「政治を高校生にも分かりやすく」といった話がマスコミをにぎわせている。では、もし自分に18歳の息子娘がいたとして、投票の際どういうことを考えるべきかときかれたら、何と答えるか。

個々の政策をどう理解しどう評価・判断するかという話をすべきだと言われたらそれはそうだろう。だが選挙の際チョー直接的に問題になるのは「誰が議員にふさわしいか否か」ということだろうと思う。そして、自分の選挙区における被選挙議員の選択肢は、国政の場合小選挙区制であることもあって、たいていそんなに幅広くはない。

そこで、ぼくが実際に考えることは「そもそも論としてどういう人が議員になるのがふさわしいか」ということである。

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それを考えるにあたって、上のような図を用意してみた。地方・国政あわせて「行政」「議会」「有権者」の基本的な関係(だとぼくが思っているもの)の図解である。有権者は基本的に、議会に対しては投票し、行政に対しては納税する。すると議会は政策を提案し、それがしかるべく決定されて行政からサービスとして提供される。まあ、そういうものだろう。

このとき、議会に送り込まれる議員の出身は2通りある。

  1. 行政の経験者が自分から政策提案をしてみたいと思って立候補するケース
  2. 有権者の側から積極的に政策提案をしてみたいと思って立候補するケース

頭で考えれば、どちらにも利点はあるように思われる。

  1. 行政の経験者が議員になれば、政策提案-決定-実施というプロセスがスムーズになる。
  2. 有権者の側から議員を出せば、政策がより「有権者の立場」に近いものになる。

だが、実際に国政レベルで見てみると、1.のメリットははっきり現れるが、2.のメリットというのは期待ほどには現れない。それは国政というものが、一般の有権者の持ついわゆる「市民感情」だけで処理するにはあまりに複雑・難解だからである。だから現実には、議会から有権者に提案される政策の素案は行政(つまり中央省庁)で立てられる。議会は政策決定においては行政と有権者を仲立ちする役目である。

そうすると、「政治がうまく行く」ことを期待する有権者としては、行政の経験者である立候補者、そしてそういう人たちを多く擁立する政党、に投票するのが、政策提案-決定-実施というプロセスがスムーズになって「政治がうまく行く」ことになる。つまり、自民党とその候補者に投票すべきだということになる。ぼくは、こういう考えから、自民党とその候補者に投票している(個人的には高市早苗になんか投票したくないけれど)。

「それでは中央省庁の言いなりになってシャクじゃないか」という人も世の中には少なくない。だがいまも言ったように、国政はいわゆる「市民感情」だけでは処理できない。そうすると、どうしても一般の有権者サイドから議員を出したいと思うなら、一般の有権者サイドから国政の複雑・難解さに耐える人材を育成している政党とその候補者に投票するしかない。つまり、公明党か共産党とその候補者に投票するしかない。市民の中に組織の底辺を持ちそこからきちんと人材を吸い上げてこれるのは公明党か共産党かのどちらかしかないからだ。あとは、公明党と共産党の政策提案をどこまで「一般の有権者の市民感情を反映したもの」だと思えるかによる。公明党も共産党も、日本の市民社会の中では特異な存在だからだ。

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「創価学会や日本共産党みたいな特殊な組織に属さない『ふつうの』市民の中から議員を国会に送り込む方法はないのですか」という質問はあるだろう。何と答えるか。「目前の参議院選挙に関しては、ない」と、ぼくなら答える。かつて民主党が政権を取ろうとしていたとき、そういう時代が来るのかという期待は、ぼくにだってあった。だがその期待は裏切られた。それは「民主党が弱体だったから」なのだけれど、より正しい言い方は「国民が国政の機能を甘く見ていたから」だろうといまぼくは思う。ちゃんとした組織の中からちゃんとした人材を育成しなければ国政を動かすことはできないし、そのためには国民は特別な費用負担をしなければならない。公明党や共産党が人材育成できるのは『聖教新聞』や『赤旗』を買う人がたくさんいるからである。自民党の人材は、税金を払えば中央省庁が育成してくれる。ヒトはタダでは育たない。民主党の敗北の根本はそこにある。

この話を高校生にすることの意義は、目の前の選挙に対してどういう投票行動を取るべきか、とりあえずの答を用意できること以上に、「この先キミたちが国政にどういう方向から関わっていきたいか」という問いに何らかの方針を与えられると思うからだ。継承を目指すか改革を目指すかはともかくとりあえず役人サイドにつくか、すでに組織化された古典的な市民団体につくか、あるいは、いまは成功事例がないけれど、法華経とも共産主義とも違う信条によって新しい組織化を目指すか。

ぼくはクリスチャンとして「正しい権利意識を持った左翼的でない労働組合」というものが日本には絶対に必要だと思っていて、でもそういうのはいわゆる「市民」派からは大政翼賛的だとしか思われないんだろうなあと思って黙っているのだが、「ふつうの」市民が参加できる労働組合ができればヒトとカネをちゃんと組織して国政に耐える人材を育てることができるのに、という気持ちはずっとある。キリスト教をその綱領のコアに据えようとすると法華経側からや共産主義側からだけでなく国粋派側からも攻撃されるのだろうけれど、キリスト教はともかくとして、「ふつうの」労働者をふつうに組織する仕組みがないことは日本の国にとってはほんとうは大きな損失なのだ。われわれは奴隷じゃないんだから。

自民党というのは、あくまで次善策である。

(2016年06月)

いわゆる「シンドラー事故」/「独立系」エレベータ会社

この記事はタンブラーに投稿したと「いわゆる『シンドラー事故』「『独立系』エレベータ会社」をひとつの記事としてカップリングしたものである。

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いわゆる「シンドラー事故」の第1審判決が出た。シンドラー無罪でエス・イー・シー有罪。妥当な判決だと、かつてエレベータ業界の末席を汚した(いやほんとに「汚した」という感じだが)人間として思う。

この事故の原因をひとことで言えば「エス・イー・シーのメンテナンスが安過ぎたから」であり、この事故の本質は「『ものには相応の値段がある』ことを忘れて安さに飛びついたデフレ経済下の日本が犯した過ち」である。ブラック企業の代名詞となったワタミを育てたのと同じ過ちだ。

  1. シンドラー事故:製造元の課長無罪 管理会社3人は有罪 - 毎日新聞
  2. 失敗年鑑2006 シンドラー、エレベータ事故 特定非営利活動法人失敗学会
  3. 港区区民向け住宅 シティハイツ竹芝<特定公共賃貸住宅>
  4. シンドラーエレベータ#事故・不祥事 - Wikipedia
  5. シンドラー社は事故を予知していた!? シティハイツ竹芝のエレベーター死亡事故 | ビッグライフ21
  6. SECエレベーター株式会社|対前年比で売り上げ倍増も!? SECエレベーター絶好調 | ビッグライフ21
  7. つらつらかきつらねる: シンドラー批判の是非

エス・イー・シー(以下SEC)が当該メンテをいくらで請け負ったかずっと知りたかったのだが、7.に(ソース不明ながら)金額がある。7.の筆者は「シンドラー社の金額が妥当だとすれば、日本電力サービス、エス・イー・シーエレベーターは安すぎる」と書きながら「日本電力サービス、エス・イー・シーエレベーターが日本製エレベータが手が掛からないので、それと同様に計算して金額を出して受注し、メンテナンスが行き届かなかったのかもしれない」となんとなく SEC に同情的なコメントをつけているが、日本のエレベータは日本の法令に基づいて設置されるので国内製だろうと外資製だろうと少なくとも機械部分にさほどの差はない。単純に、非メーカー系メンテ業者が「安すぎる」のである。1/3の値段でメーカーと同じメンテをしようというお人好しがこの世にいるものか、ふつうの心情として考えてみてほしい。「3割安」じゃない、「1/3」だ。言っては悪いが、おかしいと思うべきだ。ちなみに5.の内容がほんとうならシンドラーに責任なしとはできないが、判決(1.参照)ではこの点は否定されている。そして、かりに5.の内容がほんとうだとしても、それを見抜けないようなメンテしかできなかった SEC が無罪ということはあり得ない。「保守管理体制を整えることを強く期待される立場にあった」と判決にあるそうだが、当然だ。SEC には仕事をする気が最初からなかったのである。

じゃあなんでこの事故は、最初からこれほどまで「悪いのはシンドラー」という論調で語られ続けてきたのか。事故直後のシンドラー社と社長の対応がマズかった(4.参照。最近のマクドナルドを見るようだ)というのはあるだろう。また、2.の「【原因】設計について」には言われてみればもっともなことが書いてあって、新しいエレベータはこうした発想に基づいて改良されている。だがほんとうの理由は、「マンションのエレベータ」という状況を考えるとぼくなどは真っ先に思い浮かぶのだが、「ずさんなメンテ会社を選定したマンション管理者の責任」という問題に話が飛び火するのを避けたかったからではないだろうか。SEC が大繁盛している(6.参照)のは世間みんなカネがなくて仕方なくワタミで酒を飲む時代だからで、そうすると「SEC はエレベータ業界で価格破壊を続ける悪名高いメンテ業者だ」みたいなことを新聞が書いてしまうと「うちは大丈夫なのか」と日本中のマンションで大騒ぎになってしまう。たとえば管理組合で管理しているマンションの場合、居住者同士で内紛(管理費を下げて組合の経済負担を軽くしようと良かれと思ってやったことを「殺人メンテ会社と契約」などと言われて管理組合の役員が糾弾されるという状況)になるわけだが、管理会社が管理していても、独立系格安メンテを採用している事実があれば「利益優先・住民軽視の管理会社」などといった汚名を着せられて住民と紛争になるおそれがある。この事故の舞台となった「シティハイツ竹芝」というのは、3.を見るとどうやら東京都港区が管理しているようだが、公営住宅を管理する立場だって、おそらく不動産管理業界と同じ憂き目に直面する。「マンション管理者の責任論にならないように」という圧力が、どこかから(たとえば不動産管理業界とか、それこそ国交省とかから)かかったとしても不思議ではない。

あとは、まあ、エレベータ協会の会員のほとんどは独立系(三菱・日立・東芝といった「財閥系」ではない)なので、「独立系全否定」みたいな論調になるのは業界の危機だという認識に基づく圧力も、どこかから(それこそ国交省とかから)かかったというのもあるだろう。業界的には劣悪な業者は淘汰していくべきなのだが、一般のお客さんは SEC と言っても分からないので「やっぱりエレベータは三菱か日立よね」という話になってしまい、それはそれで必ずしも健全なことでもないので、そういう「業界維持のための圧力」というのも致し方ない部分もあったのかなあとは思う(そこで「外資系を見殺しにする」というのも発想としてはなんとなく分かる)。だが、現実にここまでシンドラー社を狙い撃ちしたネガティブ・キャンペーンが出来たのなら SEC をきっちり狙い撃ちすることもできたろうにとぼくは思うので、それをしなかった理由はやっぱり「業界をかばうため」ではなく「独立系メンテを使っているマンション管理者をかばうため」だったのではないかというのがぼくの考えである。そして、事故から9年も経って世間が事故のことを忘れた頃に、判決という形でようやくほんとうのことが言えるようになったのではないか。その9年間に SEC がどうなったかぼくは知らないが、安全に敏感な管理組合を持つマンションはたぶん SEC とは縁を切ったのではないかと想像する。9年もあれば、そういう移行も大騒ぎせずにできただろう。

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ついでながら、図面描きだったぼく自身がどのように「エレベータ業界の末席を汚してきた」かを書いておくことは、「独立系」(三菱・日立・東芝といった「財閥系」ではない)エレベータ会社の実態をお知らせする上で有意義かもしれない。

ぼくのいた会社は基本的には韓国でエレベータを作らせて日本で設置していた。「えー?!」と思う向きもあるかもしれないが、ぼくのいた会社が売っていた韓国製のエレベータは悪くなかった。エレベータというのは基本的に上に昇って下に降りるだけの機械なので、「日本人でなければ作れない」というものではない。とにかく機械的に難しい代物ではないので、ポイントはむしろ制御になるのだが、いまの日本でカバンやポケットに「ギャラクシー」を入れている日本人がいっぱいいるように、欧米や日本ですでに作られている電子機器をそれなりの水準で韓国人が生産することはそんなに驚くことではない。それこそ、乗り場ボタンで呼んでかごボタンで行き先を指定するだけの機械なのだ。エレベータが複数台並んで動いている場合、ひとつの乗り場ボタンを押したときどのかごを呼ぶのが「最適」かを制御するのを「群管理」というが、残念ながら群管理の出来に関して韓国製品は日本製に比べるべくもなかった。これはそもそも乗り場ボタンを押す日本人がどういう気持ちでかごを待っているか韓国人には分からないので、アルゴリズムの設計段階でユーザーと同じ発想ができないという失敗だろう。だが単独で設置されているエレベータについて、あの韓国製でいけない理由はぼくには思いつかない。日本のエレベータは基本仕様のほとんどが法令と技術基準で決まっているので、どこの国のメーカーであれその法令と技術基準どおりのものを作ればそれでいいのである。とにかく、あの韓国製品は(群管理を除けば)どこに出しても恥ずかしくはない製品だった。

ところが、韓国は外国なので、購入金額には為替相場が影響する。

それで、こういうことが起こった。とある公共事業の入札で、韓国製のエレベータをもとに据付図を描いて参加し落札したのだが、ウォンが高くなって落札金額ではペイしないことが分かった。そこで社長が「この工事はいつもの韓国メーカーではなく台湾でどこか適当な業者を見繕って作らせろ」と言い出した。

「そういうのをコンプライアンス違反というのではないのか」といって設計課長とぼくとで猛反対した(資材課長も工程課長も加わってくれた)が最終的には技術担当常務に泣きつかれて社長に屈した。そこからぼくの仕事は「台湾の業者に韓国製品をコピーさせるための図面を描く」というものになった。信頼していた韓国の会社を裏切る行為だったが、ぼくに選択の余地はなかった。

エレベータは難しい機械ではないので、台湾製や中国製のエレベータを買って据え付ける日本の独立系業者はほかにもある。電子製品として考えても、レノボやエイスースのPCを愛用する日本人がいるように、上に昇って下に降りるだけの制御を台湾人や中国人が作れないことはない。

だが、機械としての出来は残念ながら話にならない。精度が低いのはお国柄なのかもしれないが、図面どおりのものを作ってこないのはどうしたものか。だから中華航空に乗って工場検査に行くのだが、製品全部を検査することもできないし、ほんとに細かい部分は現場で据え付けてみてはじめて不具合に気づいたりしてしまう。

だから、図面を描く手間、かごについては仮組みの際調整する手間、そして現場でも不具合を調整する手間、場合によっては部品を国内で再製作する手間と、いつもの韓国メーカーの倍以上手間がかかるのだが、その分台湾円(台湾「元」という人もいるが孫文のお札に書いてある額面は「円」じゃないだろうか)で払う金額は安いのである。そもそもそんな廉価で落札してくる営業が悪いんじゃないか、と技術部門はいつも怒るのだが(技術部門から見て営業が無責任なのはたぶんどこのメーカーでもそうだろう、超一流企業を除けば)、社長だって営業出身だからそんな声などどこ吹く風である。

すったもんだしながらどうにか竣功のメドがつき始めた頃、社長から「韓国メーカーに半年間研修に行け」と言われた。「意思疎通を円滑にするために貴社の設計部門との交流を密にしたい、と韓国メーカーが言っている」という趣旨の説明を受けたが、ついさっき韓国製品のコピーをさせられた身からすれば韓国メーカー側がそんな技術流出を招きかねないことを自分から言い出すはずがないだろう、と思い、「韓国メーカーで勉強して台湾や中国のメーカーを指導しろという趣旨であれば行きません」という意見書を書く一方、韓国メーカーの担当者に「貴社の社長が当社の社長にこういう提案をしたそうだが聞いていますか」というメールを送った(担当者は日本語ができた)ところ、その両方の行為がともに社長の逆鱗に触れたらしく技術担当常務から「社長が怒っている」と言われ、「じゃあ辞めます」と言って例の台湾製品の工事だけほぼ見届けて(昇降機は主事検査があるがそれを受けるところまでは行けず)会社を辞めた。

そのエレベータはいまも東京のとある公営住宅で使われている。設計と資材と工程と職人さんで必死になって手直ししたから別に問題はないのだけれど(それに「使われている」ということは主事検査も通ったわけだ)、辞めて1年くらい経ったときたまたま近所を通りかかったので乗ってみて、言葉は悪いが「胸塞ぐ思い」がした。安全に問題はないけれどいかんともしがたく貧相で、「頑張った甲斐があった」という出来ではなかった。その公営住宅自体が建って1年なのにもう廃墟みたいで、それがこのエレベータのせいのような気がする一方、このまま入居者もなくエレベータも使われないまま朽ち果てていくならその方がいっそせいせいする、とも思った。

「独立系」エレベータ会社の実態としてのこの話の結論って、何だろう。「どんな会社にだって『黒歴史』はあるのだろうし、その会社の場合たまたまぼくがその主役級を演じてしまったということだ」という言い方もできる。辞める直前に台湾メーカーとの間に入ってくれた商社の通訳(台湾人の女の子)と食事をしたが、「これだけウォンが安くなったら貴社はもう台湾に発注することはないだろう、とうちの専務が言っていた」と言われ、オレはまったくの捨て駒になったわけだ、と思ったのだが、ぼくが辞めたあとその会社は増収増益だとのちにかつての上司から聞かされ、「結構な話じゃないか」と思った。コンプライアンス違反を反省したせいであれあるいはウォン安のせいであれ、あの韓国メーカーときちんとつき合っている限りは、増収増益でも別に世間様に顔向けできないわけではないだろう。

だが教訓として「安いだけが取り得の商売をしていると、何もかもが弥縫策(その場しのぎ。「びほうさく」が正しい読みだといま知った)に終始してしまう」とも言える。メーカーの立場からも顧客の立場からも「ものには相応の値段がある」のは事実なのだ。韓国製品では日本の群管理には勝てないし、台湾製品では韓国製品の精度には勝てないし、中国製品では材料からして台湾製品(材料は日本から買うことが多い)の信頼度を望めない。「民間の3階建てに単機のエレベータを据える」のであれば台湾製品(を日本人が据えて日本の主事検査を通す)でいけない理由は別にないと思う。だが顧客がそれを理解できるかというと難しいので、現実には2階床のエレベータに日立製品を据え付けたり(「日立の真価は高速走行にある」らしいが、ぼくが鈍感なのかあまりそれを実感した記憶がない)、逆に10階建てのマンションに2台並列の台湾製品を(入れ替え工事で)据えてクレームを起こしたりする。メーカーの側で「身の程」を知っていれば無茶から来るトラブルもないのだろうが、これだけ財閥系の強い日本の規格型乗用エレベータ市場にあえて参入しようという独立系エレベータ会社はそもそも「身の程」を知らないという言い方もできる(大型や荷物用のエレベータは財閥系がやりたがらないのでずっと独立系の市場である、大手でもフジテックのようなシェアの低い会社は参入することがあるけれど)。

台湾は、楽しかったけどね、通訳がいたおかげで。「人生初の海外旅行を会社経費と商社の通訳と台湾メーカーの接待で堪能した」という言い方もできるし、中華航空のフィギュアを買ったのも、その時のことだ。

(2015年09月)

断食体験記、あるいは「絶食自体の効果に期待し過ぎないこと」

このたび10泊11日の断食祈祷に挑戦し無事終えることができたので、これまでの断食体験もあわせぼくなりに思うところを問答形式でまとめておく。

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問:これまであなたの実践した断食はどのようなものですか。

答:期間中に水しか飲まない「絶食」としての断食について言えば、私はこれまで減量のための「一週間コース」に含まれる半日断食、キリスト教信仰の断食祈祷として今回の6日断食(4日回復食の10泊11日)、そしてその間に実験としての2日断食をそれぞれ1回体験しました。

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問:半日断食の概要を教えて下さい。

答:半日断食を実施したのは今から15年近く前、私が30代前半だった頃のことです。目的は減量のため、当時読んでいた野沢秀雄『パーフェクト・ボディメイキング』(福昌堂)という本に「一週間コース」という減量プログラムが紹介されていて、そこに「初日に昼・夕の2食を絶食すること」とあったのを実施したのです。

問:具体的な実施方法を教えて下さい。

答:私はこのコースを「初日に絶食したあと6日間それまでの食事量の半分に減らす」ことだと理解し自分でもそのように実行しました。いま改めてこの本を読み返すと直接的にはそう書いていないので驚くのですが、とりあえずこの本に書いてあるポイントを引用すると以下のようになります。

「一週間コース」のメニューでは、一日目約200カロリー、タンパク質15g、2~7日目約800カロリー、タンパク質40~50gになっています。

ポイントは一日目の昼食、夕食、間食をゼロにすることです。ゼロといっても、お茶・水・ウーロン茶などは構いません。ブラックならばコーヒーや紅茶を飲んでもよいのです。(牛乳やジュース、スポーツドリンクは不可。また塩分をとってはいけません)

なぜ絶食する必要があるのか。……血液に含まれる血糖値が70以下になったとき、体脂肪燃焼のマッチに火がつく……この火つけ役として、半日間の絶食をおこないます。

朝食を軽く食べてから、夜寝るまで、カロリーのあるものはいっさい口にしません。お腹はグーグー鳴り、誘惑に負けそうになります。この日は早めに布団にもぐり、寝てしまうことです。

体重が相当に多い人は、一回勝負ではなく、毎月一回、「一週間コース」を実行します。……一回に体重の5%を減らしてゆけば、何ヵ月か後に目標体重へと減量できる方法です。

(上掲書「第五章 ムリなくやせる食事法」)

このプログラムは減食と運動を併用するよう勧めていますが、運動についてはシットアップ(いわゆる「腹筋運動」)などを30~50回程度「食事前に」するよう勧めています(シットアップについてはいまは腰を痛めるという理由から勧めない人の方が多いと思いますが、ここではあくまで「運動の程度」の例示として捉えて下さい)。

問:あなた自身の実施体験を教えて下さい。

答:とにかく「自発的に絶食する」ことが人生はじめてでした。朝食は、手元に記録がありませんが、おそらくこの本に書いてあるとおり「軽く食べ」たのだと思います。たしか土曜日で、午前中は献血(成分献血)に行ったと思います(当時ぼくは献血マニアでした)。夜は早々に寝たと思います。そこから6日間の減量食ですが、ぼくは当時ひとり暮らしでコンスタントに家で自炊する生活ではなかったので、昼に外食(平日は職場の仕出し弁当)で7~800kcal程度摂り、朝晩は基本的に飲み物だけにしました。平日はふつうに働いていました。

問:効果はありましたか。

答:1週間で2kg痩せました。3kg痩せるとよかったのですが運動量が足りなかったのでしょう。しかし面白いことに、1週間で私はその食事制限に慣れてしまったのです。それで、2週間目からは夕食に中華料理や丼ものを食べる日もあったものの、1日1,500kcal程度に抑える食生活を続けたのです。すると体重はどんどん減って行き(体重は減り始めるとどんどん減ります)、開始前76kgだった体重は4週間目の終わりに66kgにまで落ちました。身長177cmからすれば適正体重の範囲内ですが、いきなりここまで落ちるとちょっとスタミナ不足になるのでそこから68kgまで戻し、そのあと徐々に70~71kgに持っていくようにしました。以後30代の終わりまで、体重はだいたいこのレベルを維持できたと思います。

問:この半日断食、というかそれを含む「一週間コース」について感想を聞かせて下さい。

答:「一週間コース」について言えば、「食事量を制限しさえすれば健康が改善されるはずの、活動的な20~40代の方」であれば男女を問わずお勧めできると思います。興味のある方は上掲書を入手されて「第五章 ムリなくやせる食事法」だけでも通読されることをお勧めしますが、「減食するとしたら何を減らして何を食べるべきか」についてそれなりに知識やイメージのある方であれば、それを前提に「絶食後の6日間、摂取カロリーを従来の半分にして軽い運動と併用する」ことで痩身自体は達成できます。ただ、実際に肥満や成人病の改善されない方(ひとのことは言えませんが)を見ていると、正しい食生活に対する知識もイメージもない方がやはり多いです。そういう方は自己流でいろいろ試す前にどこかで専門家の指導を受けた方がいいと思います。菓子パンを見てそれがおにぎり3個分のカロリーであることが即座に分かる程度の知識がなければ(袋をひっくり返せば裏に書いてありますが)、自力で食事制限をするのは難しいと思います。

問:このプログラムを「断食」と捉えた観点からの感想があれば聞かせて下さい。

答:先にも述べましたが、私はこのプログラムを試すことで生まれてはじめて「自発的に絶食する」ということをしました。それは「ああ、人間は食べなくても大丈夫なんだ」という、ちょっとしたショックでした。私は体力のない状態で職業生活を始めて不慣れな現場仕事に従事する中で、「バテると終わりだ」と思い63kgだった体重を無理に72kgまで上げて以来ずっと半ば強迫観念のように酒を飲み飯を食ってきましたが、76kgになって上述のプログラムで断食(絶食)したとき、その強迫観念からは解放されたのだと思います。そういう意味で、人生で一度も自発的に絶食したことのない方は、この「一週間コース」の中で断食体験してみられることをお勧めします。食事制限をしても自分の馬力は落ちないのだと実感すれば、そこから先はアッという間に体重を落とせます。もっともこのプログラムは直接的には痩身プログラムなので、すでに適性体重の人にとっては無用のプログラムだと思います。またあくまで血糖値を下げる目的だけの絶食なので、これをことさら断食「体験」と呼んでそこに期待を持たせるのはほんとうは好ましいことではないのかもしれません。

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問:2日断食の概要を教えて下さい。

答:2日断食は今から10年近く前、個人的な「実験」として実施したものです。念頭に置いていたのは、ひとつは健康法としての断食、もうひとつはキリスト教の信仰生活の一環としての断食祈祷です。「実験」のポイントは2あり、ひとつは断食反応好転反応)、もうひとつは回復食でした。断食反応については、私に断食祈祷を勧めて下さった牧師先生(女性)が、非常にはげしく断食反応の出る方だったらしく、そのお話をうかがっていて「そんなに断食というのは苦しいものなのか」ということを実際に体験してみたいということ、それは逆に言うと断食にそれだけ身体を浄化する効果があるのかもしれないという期待でした。回復食については、ネットで調べる限り、さまざまな断食療養所で行われている回復食が「断食期間と同じくらい回復食期間を取る」といった非常に慎重なもので、回復食というものは実際こうしたものでなければならないのだろうか、ということを確認したい、というものでした。

問:具体的な実施方法を教えて下さい。

答:この実験は黄金週間の、つまりすべて休日の中で行いました。1日目の朝ふつうに朝食を取って昼・夕・と絶食し、2日目はまる1日絶食(水は飲む)、3日目は朝だけ抜いて昼から回復食を取りました。断食中は映画のDVDを借りてきて観ていました。普段映画を観る習慣がない私としては興味深い時間を過ごせたと思います(なおこの断食期間の過ごし方については、敬愛する大塚幸代さんの「プチ断食の3日間」という記事を念頭に置いたことを書き添えておきます)。2日目の午後に少し散歩しました。入浴については、残念ながら記録も記憶もありません。

問:「実験」のポイントについて、その結果を教えて下さい。まず断食反応(好転反応)について。

答:断食反応は、まったくありませんでした。吐き気・体臭はもちろん、軽い頭痛などもありませんでした。もっと言えば、断食期間中「空腹に苦しめられる」ということもありませんでした。気持ちの中で「2日間断食するぞ」と決めていたからでしょうか。2日目の午後、「これが断食というものなら、このあと一生飯なんて食わなくてもいいんじゃないか」とまで思ったほど、快適・快調でした。

問:ポイントのふたつめ、回復食について。

答:3日目の昼に「味噌入り葛湯」を作って飲み、夕方に「ジャガイモ・米・大麦のお粥」を作って食べました。翌日はなぜか朝食を摂らず、昼にふつうに食事していると当時の記録にあります。……と書くと順調な回復食だったように見えますが、実は断食明けの夕食後に酒を飲んでいます。さっき断食中「一生飯なんて食わなくてもいいんじゃないか」と思ったと言いましたが、そう思うことによって逆に気持ちの中に強くなったのは「食事のない生活って、何て味気ないんだろう」ということでした。特に酒をやめてしまうことの味気なさに耐えられなくなってしまい、断食を終えて「さあ食事をしてもいいですよ」という段になったとき「とにかく酒を飲みたい」という衝動を抑えられなくなってしまったのです。実際問題としては、断食明けの夕方に酒を飲んでも、多少気分が悪くなった以上のことは起こりませんでした(私の肝臓がよっぽど強かったのでしょう)が、これは回復食のあり方としてはやはり失敗だったと思います。回復食期間はあくまで断食の延長(いわば「半断食」)として食事制限を行うという姿勢が必要で、もし自力でそれができないのであればやはり断食療養所などを利用すべきだろうとそのとき痛感しました。

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問:6日(5日)断食の概要を教えて下さい。

答:今月のことですが、キリスト教の断食祈祷として、10泊11日の予定で断食祈祷院に行きました。いま述べた2日断食の教訓にのっとり、回復食についてはその断食祈祷院のプログラムに従うこととしました。

問:具体的な実施方法を教えて下さい。

答:断食に行く10日ぐらい前から徐々に食事量を減らし、出かける前日にはふだんの半分の食事量に減らしました。当日の朝、ごくわずかの朝食を食べ、そのまま半日かけて断食祈祷院に移動し、そのまま本断食(水のみ)に入りました(この朝食を摂った初日を断食期間に参入すれば6日間、外せば5日間の断食という計算になります。ちなみに以下「6日断食」とします)。3日目に塩分を摂るようにと言われ、塩をもらって水に溶いて飲み、それを6日目まで続けました。7日目の昼にお粥の回復食が始まり(この祈祷院は昼・夕の1日2食)、3日間続けました。その間フルーツジュースを飲んで毎日徐々に摂取カロリーが上がっていくようにしました。10日目に回復食が玄米飯になり、11日目の昼食を摂って祈祷院を退出しました。以降はふつうに食事しています。

問:11日間の体調の推移を教えて下さい。

答:2日目までは前述の2日断食と同じ条件で、実際推移としてもほとんど同じでした。つまり「空腹感すら覚えないほど快調」だったということです。1周5kmの山道を1時間少しかけて周回したりもしました。3日目の午後から若干頭痛がしたり疲れやすくなったりしましたが水を少し飲んで休むと回復するという程度のもので、4日目も同様のコンディションの中、山道を散歩し読書もふつうにしていました(もっとも、空腹感はさすがにありました)。ところが5日目に、水に溶かして飲むべき塩を間違って直接舐めてしまったために胃を壊してしまい、直接的には胃痛によって非常に苦しみました。6日目は本を読む気にもなれず、祈祷院規定の集会に出席したり礼拝所でお祈りをする以外は音楽を聴きながらベッドの上でのた打ち回っていました。7日目に回復食が出て、何よりも胃の調子が落ち着き始めたのだと思います。8日目に往復2kmの山道を歩いてみましたが足がつりそうになり、翌日かなり筋肉痛になりました。9日目ようやく、むずかしくない本なら読んでみようかとか、そろそろお粥以外のものが食べられそうだとかいう気になってきました。10日目、自分で調達した朝食を若干食べ、また支給される玄米飯を食べながら、まとまった文章を書いてみようという気になりこの体験記の草稿を書き始めましたが、むずかしい本を読み込もうかという気にはまだなれずにいました。

問:3日目以降の頭痛・倦怠感は断食反応でしょうか。

答:おそらくそうだと思います。分からないのは5日目・6日目の胃の苦しさで、直接的には胃を荒らしたせいだとは思うのですが、もしかしたら胃下垂や胃拡張が治る過程で起こった一種の好転反応なのかもしれない、とも思います。断食にはそうしたものを治す効果もあると、どこかで読んだ記憶があります。

問:回復食に対する感想を聞かせて下さい。

答:今回コントロールされた回復食を食べて認識を新たにしたことは2つあります。ひとつは「回復食は断食の一環である」ということ。酵素断食のような「半断食」を考えていただくと分かると思いますが、あれは普段の食事を遠ざけるために別のものを食べる技術です。いわば「食べないための食事」。そして、本断食明けの回復食も同様のものと考えるべきではないかと私は思いました。回復食は断食から普段の食事へ移行するためのものではなく、「回復食」という断食期間だと考えるべきなのでしょう。もうひとつは「『元気になるために食べる』のではなく『元気になったから食べる』のだ」ということ。回復食は、たとえ「食べないための食事」であっても、食べれば食べただけの活力を身体に与えます。そしてその活力があってはじめて、次のレベルの食事ができます。そうすると「食べれば食べるだけ活力がよみがえるのではないか」という発想になるかと思いますが(というか、普段の食事の量や質はそういう考え方に基づいて決められる方が多いと思いますが)、回復食はそうではなく、「食べないための食事」の持つ最低限の活力を最大限に利用していくということ、要は半断食そのものです。半断食によって、普段の食事を摂る活力を養うということで、回復食の期間の長さは移行期間の長さと考えるのではなく、あくまで半断食の効果が現れるために必要な期間の長さなのだと思います。これらは意識の問題に過ぎませんが、そう思うか思わないかは回復食期間の受けとめ方・過ごし方に大きな影響を持つと思います。

問:回復食に、普段の食事と同じ意味での「活力」を求めてはいけない、ということでしょうか。

答:そのとおりです。それは肉体もそうですが、同時に頭の働きについてそうです。祈りのために1食・2食抜いて祈ったあと食事をすると頭が回って祈りの中で受けた導きに対して理解が深まったりすることがありますが(私はありますが)、長期断食の回復食にはそういう働きはありません。回復食を摂っても、それで集中力が上がったり頭が回るようになったりはしないのです。これは、長期断食を志す方にとって、回復食期間の過ごし方を考える際に念頭に置かれるとよいことだと思います。

*

問:あなたは今後、断食にどのように取り組みたいと思いますか。

答:健康のためであれ信仰のためであれ、1日断食(絶食)をはさむ半断食のコンビネーションで考えて行きたいと思います。そういう形で、少なくとも年1回は行う習慣をつけたいと思います。

問:断食を習慣づける理由は何でしょうか。

答:健康のためであれ信仰のためであれ、断食の効果は「リセット」と「矯正」だと思います。間違った食生活や信仰生活を「リセット」し「矯正」するということですが、それを習慣づけることでバイアス(歪み)が大きくならないうちに「リセット」し「矯正」してゆけるのだと思います。単純に減量を考えても、2kg減量するのは難しくありませんが20kg減量するのは至難の業です。そうならないうちに、ということです。

問:定期的な断食の習慣にとって2日以上の断食(絶食)は必要ない、ということでしょうか。

答:健康のためであれば食生活を矯正すれば十分、信仰のためであれば祈りを妨げるほどの過食・美食を退けるだけで十分だと思います。いずれの場合も、特別な減食が必要であれば1日断食(絶食)をはさむ半断食で目的は達成されるのではないでしょうか。断食は節目において「リセット」が必要な場合に1日行えば十分だと思います。

問:長期断食(絶食)にもそれなりの健康上・信仰上の効果が認められていると思いますが、それをあえて退ける理由は何ですか。

答:「定期的な断食の習慣」として考える場合、長期断食(絶食)を退ける最大の理由は技術的な問題、というか結局は費用の問題です。長期の絶食からの回復食を自分でコントロールすることは、いかに考え方が明確になったからといってもやはり難しく(というか、絶食が長期化すればするほど当然ながら食に対する飢えは強まり、つまり断食明けにドカ食いして調子を崩す、場合によっては死に至る、という危険も高まります)、特別な環境でしかるべきコントロールを受けながらでなければできませんが、それには費用がかかり、断食を習慣づけたいという希望の妨害となります(少なくとも私にとってはそうです)。「リセット」として1日断食するだけであれば、こうした技術的・費用的な問題は発生しません。ちなみに「半断食」という言葉の意味するところですが、水と塩しか摂らない断食を「本断食」として何ほどかの栄養を補給するものを「半断食」とするなら、「半断食」とは言っても一日の摂取カロリーが100kcal未満の「半断食」も可能で、それは効果としては「本断食」とほとんど同じものが期待できるのではないかと思います。そう考えると、「半断食」には100~1,500kcalぐらいまでバリエーションがあるということになります。そういう「半断食」を自分で自在にコントロールできるようになることの方が、健康目的にも信仰目的にも、やみくもに長期断食(絶食)に挑むより実り多いのではないかと、私は思います。

問:他にも理由がありますか。

答:個人的な意見ではありますが、特定の病気の「治療」ではなくあくまで成人病の「予防」として考える場合、長期断食(絶食)にはそれに伴う危険や費用に見合うほどの効果はないと思うのです。断食は、するとしないでは大違いですが、1日することと2日以上することとの間には大した差はないと、私は思います。

問:それはなぜですか。

答:成人病「予防」のダイエット(食事療法)として断食(絶食)を考える場合、大事なのは絶食そのものではなく、絶食に続く「改善された食事プログラム(献立そのものと食べ方)」だと思うからです。たとえば上掲の「一週間コース」はそのシンプルな一例ですが、明らかに効果は絶食そのものにではなくそれに続く「改善された食事プログラム」にあります。長期断食(絶食)にはさまざまな効果があると言われていますが、健康のためには断食期間より圧倒的に長く続く普段の食事の摂り方をきちんと改善することの方が先なのではないでしょうか。断食(絶食)は、あくまでその「食事プログラムの切り替え」のポイントに1日置くだけで十分だと思うのです。極端なことを言えば、飽和脂肪酸の過剰摂取で肥満になっている人がいて、長期断食をしてから再び飽和脂肪酸だらけの食事に戻って行くのと、1日の絶食をはさんで菜食に移行するのと、どちらか健康的かは言うまでもないことだと思います。

問:信仰においても長期断食には「効果」がないとお考えですか。

答:神は人の「心の中を測られる」(箴21:2)方です。神に飢え渇き寝食を忘れて祈り続けずにはいられない人がいれば、神はその人の「心の中を測られ」ますが、そうでない人の断食もまた「心の中を測られ」、結果的には叱責の的になります(日本聖書協会の「聖書本文検索」に「断食」と入力して、そこに引かれる聖句をいちど片っ端からお読みになることをお勧めします)。もっとも、一度も信仰によって長期断食をしたことがない方は、ためしに安全な環境でそれに挑戦してみられるといいと思います。神が見られるその「心の中」を、ご自分でのぞき見られることとなるでしょう。そうすれば、納得されると思います。あなたの良心をきよめるのはキリストの血なのであって(ヘブ9:14)、断食というあなたの行いではありません。

問:断食してそのことに気づく、というのは断食の「効果」なのではないでしょうか。

答:深い祈りや徹底した悔い改めにとって断食はふさわしく見えます。が、先立つものは祈る「心」や悔い改める「心」です。先立つ「心」なしに「断食すれば深い祈りや徹底した悔い改めに導かれる」とは言えないと思います。聖書が断食に言及している箇所をつぶさに読むとそう思います。

問:イエスさまは40日40夜断食して祈られたと聖書にあります(マタ4:2、ルカ4:2)。

答:「じゃあオレも40日40夜断食するぞ」と、まるでエクストリーム・スポーツのようなつもりで自己目的化した断食に挑戦されることのないよう祈ります。繰り返しますが、神は「心の中を測られる」方です。あなたが何を求めて40日40夜断食するのか、神に「心の中を測られ」てそれに耐え抜くことができれば幸いです。

(2013年10月)

おまけ。

ビル管理者試験合格体験記

めでたくも今年のビル管理者(建築物環境衛生管理技術者)試験に合格したのである。それで、ぼくなりにこの試験に思うところを問答形式でまとめておく。

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問:合格の秘訣は何ですか。

答:よいテキストを見つけて読み込むことです。

問:よいテキストには何がありますか。

答:私の使ったものを紹介します。ビル管理者試験のテキストとしては最も読まれているものではないかと思います。

問:過去問を解くだけではダメですか。

答:ダメだと思います。知識が断片的になり過ぎて収拾がつきません。

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問:このテキストを読み込むと合格しますか。

答:合格を「確実に120点取る」ということと捉えれば、このテキストでとりあえず目的は達成できます。

問:このテキストは完璧な出来ですか。

答:このテキストには弱点があります。まず誤植がたいへん多いです。いちおう正誤表がついていますが、古本で手に入れる場合、ちゃんと正誤表がついているか誤記修正がなされていることを確認された方がいいと思います。しかし、正誤表に漏れている誤植もあったような気がします。読んでいて明らかに誤植だと気づくレベルだと思いますが。

問:内容的にはどうですか。

答:「建築構造」の内容が試験に必要なレベルに達していません。あと空気環境測定方法(科目でいうと主に「空気環境調整」)と浄化槽(「給排水」と「清掃」にまたがる)と清掃実務(「清掃」)も弱いです。

問:どのような対策を取るべきですか。

答:最初は「テキストに書いてあることは必ず正答する」ことを目標にする代わり「テキストに書いてないことは取れなくていいんだ」と割り切ってみるといいと思います。こうした姿勢でも、勉強が進めば過去問で120点超え、あるいは120点からそれほど遠くない点数が取れると思いますので、そこからは勉強方法を過去問フォロー中心に切り替えればいいでしょう。

問:どうしても120点に満たない場合はどうすればいいですか。

答:将来自分が就く実務の中で、たとえば建築基準法・消防法・空気環境測定・浄化槽などの知識が必要になるのであれば、別途テキストを探して勉強すると、ビル管理者試験の補強になるのかもしれません。しかし、ビル管理者試験の対策のためだけにそんなことをするのは賢明ではないと私は思います。

問:あなたはどうしましたか。

答:私は過去問のフォローしかしませんでした。結果的に、浄化槽と清掃実務はなんとなく点が取れるようになりましたが、空気環境測定はいくらやっても点数になりませんでした。でも、私の目標は合格でそれは達成できたんだから、180問の中に苦手科目が残ってもそれはそれでいいんだ、と私は思っています。

問:逆にこのテキストのよい点はどこですか。

答:「行政概論」はこのテキストだけで8割取れます。なお各種法令の改正点については過去問集の冒頭にまとめがついていますが、いちばん大きなものは「感染症法」だと思います。電子政府のサイトの該当条文にリンクを張っておきますので、最新の感染症の分類(第一類~五類)についてはこちらを参考にして下さい。

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問:あなたは合格までどのくらい勉強しましたか。

答:正味の勉強時間としては、多く見積もっても200時間足らずなのですが、暦の上では2年近くかかりました。テキストは1日のうち通勤電車の中でしか読みませんでしたので、4冊読むのに5ヶ月ぐらいかかりました。それで去年の試験を受けましたが、100点ちょうどしか取れず落ちました。今年の6月に1ヶ月かけてテキスト4冊の内容を自分なりにまとめ、それで過去問を解いたところあっさり120点以上取れるようになっていました。7月から3ヶ月かけて過去問を解いて誤答箇所をフォローしました。

問:この試験について「2週間勉強すれば合格する」と言う人がときどきいますが、どう思いますか。

答:私のかつての職場にもいましたが、「ふつうは無理」だと思います。

問:ふつうでなければ可能でしょうか。

答:科学的素養と実務経験がとてもあれば、可能だと思います。

問:2週間で何を勉強するのでしょうか。

答:「建築物環境衛生管理基準」をはじめとする法令です。法令だけであれば、先に紹介したテキストを使えば、2週間で勉強できます。

問:科学的素養と実務経験がなければ、合格までどのくらいかかると思いますか。

答:科学的素養のひとつの目安として、テキストが役立ちます。テキストを読んで、書いてあることが理解できれば、あとはそれを頭に叩き込む作業ができた時点で合格します。書いてあることが理解できなければ、理解できるようになるまで合格できないと思います。

問:書いてあることを理解できない人はどうすればいいでしょうか。

答:インターネットを使える人なら、疑問に思うことをひとつひとつ調べて、独学で少しずつフォローして行けると思いますが、冷凍機の原理や排水通気管の施工などについては、知っている人が身近にいればその人から教えてもらうのが手っ取り早いと思います。インターネットが使えず、教えてくれる人もそばにいない場合は、図書館に行って百科事典を読んだりすることになるのでしょうが、苦しい戦いになると思います。

問:実務経験というのは受験資格に言う「2年の実務経験」のことでしょうか。

答:試験に合格するために必要な実務経験は「試験問題で問われている建築設備を実際に見たことがある」ことだと思います。空調機・加湿器・ファン・ダクト、ポンプ・受水槽・給湯器・トラップ・阻集器など、設問の中にはいろんな建築設備が出てきますが、字面だけで勉強して合格するのは苦しいと思います。逆に「見たことがある」というだけで想像がついて解答できる問題もあると思います。

問:電気や清掃の実務経験で受験する人は業務上そうした建築設備に触れる機会が少ないのではないでしょうか。

答:電気の人は、水周りはともかく、空調や消防の設備については日常業務の中で十分に目にしていると思います。だから、テキストを読むと「ああ、あれがそうだったのか」と理解できる部分も多いのではないでしょうか。清掃の場合、居室清掃しかしたことがないと、空調・給排水設備の実際については目にしない場合も多いと思います。ただ居室清掃の担当者は特定のビルに常駐するのが普通だと思いますので、自分の勤務しているビルの設備管理担当者と親しくなって、基本的な設備について支障のない範囲で見学させてもらうこともできるのではないかと思います。

*

問:過去問はどのくらい解けばいいでしょうか。

答:問題慣れするためだけであれば3年分も解けば十分だと思います。

問:あなたはどうしましたか。

答:私は結果的に13年分も解きました。去年受験した本試験も加えれば14年分です。

問:効果はありましたか。

答:5~6年分以上解くと、典型的な設問のパターンがつかめてきて、気分的に楽になります。10年分解くと、テキストの不足を補えるくらい知識を仕入れることができます。私の場合、点数は最終的に140点以上取れるようになりました。もっとも、合格のためには120点取れればいいので、そこを140点取れるようになるために時間をかけて過去問を解いて誤答箇所をフォローすることに意味を見出すかどうかは人それぞれだと思います。

問:基本的な勉強の効果はテキストを読む方が大きいということでしょうか。

答:そう思います。あと、これは人それぞれですが、「自分の手を動かしてまとめる」という作業を、どこかでやっておく必要があるように思います。

問:あなたはどんな作業をしましたか。

答:「エクセル」に重要度で4色に分けたセルを作り、テキストの各項ごとの内容を自分の思う重要度に応じてそこに振り分けて書き込んで行きました。これはある本を参考に、このシートを使って復習することを目的として作ったものですが、現実には復習よりもこのシートを作る作業そのもののに効果があったように思います。

Biru_kan01

実際、このシートは何度も加筆訂正しましたが、最終的にできたシートについては印刷すらしませんでした。

問:過去問フォローの方法について教えて下さい。

答:私は自分の間違えた問題について、選択肢の正誤ポイントにマーカーで色をつけました。設問が「不適当なもの」と「適当なもの」のいずれを問うているかにかかわらず、「選択肢の言っていることが正しければ黄色、間違っていれば緑」を塗るようにしました(注:スキャナーで読むとマーカーの色が出なかったので、下の画像のマーキングは「ペイント」で加工したものです)。

Biru_kan02

読み返して、そこが正誤ポイントであることが瞬時に理解できれば、フォローは完了です。疑問を感じるようであれば、解答解説を読んだり、テキストにさかのぼったり、インターネットで疑問点を調べたりを、疑問を感じなくなるまで繰り返し、その過程で自分にとって重要なことがらをつかんだら、上で紹介した4色シートに加筆していきます。

*

問:この試験のポイントはどこでしょうか。

答:やっぱり「建築物環境衛生管理基準」をきちんと押さえることだと思います。必要なことはテキストにも書かれていますが、厚生労働省のサイトにある該当ページは一度通読しておかれることをお薦めします。

問:枝葉末節に振り回されないということでしょうか。

答:「『建築物環境衛生管理基準』が幹なのだ」ということを見失わない、という意味ではそうです。テキストを読む際に、各項目と「建築物環境衛生管理基準」との関連を意識すると、「最低限理解すべきこと・覚えるべきこと」が見えてくると思います。問題を解く場合でも、いつも「建築物環境衛生管理基準」に戻って考えると、見たことも聞いたこともない内容の選択肢が並んでいるようでいて、実は本当の論点は「建築物環境衛生管理基準」の基礎的な知識を聞いているだけだという場合も結構あります。

問:180問もあると「建築物環境衛生管理基準」にからまない問題も結構あると思いますが、これらにはどう取り組めばいいでしょうか。

答:たとえば「エクリン腺とアポクリン腺」「杆体細胞と錐体細胞」といった問題などがそうだと思いますが、試験対策として考えると、そういうものの多くは単独の典型問題として、形を変えながら、過去に何度も何度も出題されています。これらは、過去問フォローの中でひとつひとつつぶして行く。テキストにはあまり詳しく書かれていない内容であることも多いので、過去問集の解答解説をメインに、インターネットで検索して適当な解説が見つかればそれを補助的に利用することになります。こういう意味での過去問フォローであれば、最低5~6年分、できれば10年分を目標にやる。10年分解いておくと、本試験での安心感が違います。

(2012年11月)

さとしは、ゆりの花

思うところあって「タンブラー」を始めた。

上掲リンクは当該「タンブラー」のいわば「まえがき」である。さらにタイトルをクリックしていただくと最新記事が出てくる趣向である。 あるいは右の "Archive"(アーカイブ)というのをクリックしていただくと月別の記事一覧が表示される。

横に書いてあるとおり、「むつかしい話なし、あくまで雑談。不定期更新、あくまで思いつき。」という内容である。当ブログ『鳩の切り売り・量り売り』を支持して下さった方はもう少し「しっかりした」内容の記事をご希望かと思うので、お楽しみいただけるかどうかは分からないが、「しっかりした」ものを書くに至らないときはこちらでどんどん書き散らしていくつもりなので、よろしければご高覧いただければ幸いである。

なお「タンブラー」に興味を持たれた方は『週刊アスキーBOOKS vol.13 tumblr(タンブラー)の使い方』というムックがあるので参照されるとよいと思うが、「タンブラー」はハマるとものすごい時間泥棒になるので注意されたい。ぼくは「全記事純正リブログなし」を謳ってあくまでふつうのブログとして使うつもりだが、日本で「タンブラー」がどう使われているか、ご縁のあるところを2つ挙げておく。

「シェイヨル」さんから「デリヘル美」さんなんかたどろうものなら半日ぐらいあっという間に消えてしまうが、単に流行りものをチェックしたいだけなら「たんぶらうざ」というのがあるのでこれを利用すると時間の節約にはなる。

あと、ついでなので書いておくと、『鳩の切り売り・量り売り』のキリスト教関連作品をFC2に作った同名のブログに移動した。こうすることによって、もし教会や関連団体のサイトからぼくのキリスト教関連作品にリンクしたいと思われた場合、FC2版にリンクしていただければ、信徒の方々が不用意にエロマンガのレビューなど目にしなくて済む。もっとも、FC2版には山本夜羽音氏の作品集のレビューも転載しているので、エロマンガから完全に縁が切れているわけではないが。

近況はプロフィールに書いているとおりである。社会復帰の準備は順調に進んでいるのだが、さてこれからの人生、自分は社会の中でどのような存在でありたいか、あり得るのか、と考えると、現時点では何も答えられないし、だからこれまでやってきたのと同じスタンスでものを書いていいのか、と迷う部分があって、自らブレーキをかけているのである。

逆に言うと、上掲「タンブラー」所収の雑文は、そういう「ブレーキをかけても止まり切れない」部分ばかり集めているという言い方もできる。「いや、こっちの方が面白いよ」と言ってもらえれば、ぼく自身は拍子抜けする反面気が楽でもあるのだが。

(2012年5月)

闇大学講座・試作品:ラジオ体操は健康にいいのか

ブログを作ってみたけれど何を書いたらいいかよく分からん、という人がこの世には結構いるみたいである。そんな方に提案してみたい。「闇大学」というのはいかがであろうか、と。

闇大学?

ほら、適当な具材を持ち寄って鍋にぶち込むことを、世に「闇鍋」と言うではないか。あれの大学版である。つまり、貴兄姉が大学でお受けになった講義ないしゼミの中から面白かった話をご披露いただくのである。だいたいこういう話だった、みたいな概要をお話しいただいて、あとはそこに当時のほろ苦い恋だの徹マンの死闘だのひとはクソ不味いと言うが自分としては嫌いではなかった生協食堂のメニューの話などを付け足してお茶を濁した上で、「実はこれは今でも実務で活用してるんですよ」みたいな当時の教科書かなんかを「アマゾン・アフィリエイト」でくっつけておくのである。ちいとは文化の薫り高いブログになるのではないだろうか。そして、みんなでそういうことをやるのである。すると、誰かがそういう記事ばっかり集めた「タンブラー」か何かを作ってくれて、それを読むだけでなまじひとつの大学にしこしこ通う以上にバーチャル・キャンパスライフを謳歌できるという寸法である。実に21世紀的ではないか。

これから披露するのは、そんな「闇大学」の試みのかけらである。ありていに言えば、ひとの褌で相撲を取りますよという話である。

*

運動がてら桃谷から鶴橋まで歩いていわば「駅ナカ」にある「ブックオフ」をぶらぶらしていたら、野村雅一『しぐさの世界』(NHKブックス)という本を見つけた。おお!探していたのだ。

農民的姿勢や身ごなしを追放し、自動人形のように一様で正確な、姿勢、動作、リズムをそなえた、ミシェル・フーコーのいうところの「従順な身体」をもった近代的兵士は、ヨーロッパにおいても権力が厳しい規律と訓練を課すことによってつくりあげたものである(ミシェル・フーコー『監獄の誕生』田村俶訳・新潮社)。しかしながら、日本の場合には、矯正されるべき元のからだと改造の理想像とのあいだには、ヨーロッパとはくらべものにならないほどの大きな懸隔があった。しかも、この訓練を初等教育に組み入れた点で、明治政府による民衆の身体への介入ははるかに徹底したものだったといえる。

(序章 記憶の中の身体 一、身体像の近代化)

当時吹田の「みんぱく」にいた野村先生(いや、別に面識はないのだが)は週に一度講義のためにぼくのガッコに来て下さっておられたのであろう。で、この一文は上掲のとおりこの教科書のまえがきの一節に過ぎないのだが、ここに言う「権力が……初等教育に組み入れた……民衆の身体への介入」の実態とは何だったかということを、先生は講義でひとコマまるまる使って説明して下さったのである。

それが、―――ラジオ体操だったら話は簡単なのだがそうではない―――「国民体操」と言われるものである。

当時のレジュメが手元にない。「青春時代の真ん中は/胸に棘刺すことばかり」という散文的な歌があるが、ぼくにとって大学時代というのはそれから10年程度の間思い出したくもない悪夢の記憶だったので、ぼくは大学時代の「遺品」をほとんど手元に残していない。20年経ってみるとそれはそういう人生の一幕だったのだと冷静に振り返ることもできて、そうすると当時の記録が何もないのはもったいないと思うのだ。漢文学の時間に「中国では魂はないが身体だけ生きているというものを『彊屍』と書いて『キョンシー』と読む」などと習うのだが、アメリカ人の言う「ゾンビー」を中国語で「キョンシー」と呼ぶことを知っている人はたくさんいても、それを漢字で書ける人はその1割に満たないだろう。ちなみにキョンシーの「キョン」は「新疆ウイグル自治区」の「きょう」の字とは異なる。新疆ウイグル自治区の「きょう」は、むかし「餃子の王将」のお皿に「萬壽無疆」と書いてあったように「境」のことだが、キョンシーの「キョン」はいま MS-IME に表示されたことが正しければ「強」の意味であるようだ(講義ではそこまでの説明はなかった)。

ヨーロッパで「ナショナル・ジムナスティックス」(訳して国民体操)と呼ばれるもの(細目は国によって異なったそうだ)が近代国家で義務教育に取り入れられたのは徴兵制とのカップリングだったのだが、この国民体操のチョー基本的な目的は、徴兵の対象となるすべての国民に、軍隊的な動作の基本となる「気をつけ」の姿勢を取らせることにあった、と野村先生は講義でおっしゃった。「気をつけ」なくしてそれ以外の動作はあり得ない、ということである。前へならえ、右向け右、左向け左、休め、回れ右。「ブルマー、トレパン、トレシャツ、ハチマキ、腕を胸の前に上げてケイレンの運動」。実際に野村先生が「」内の代わりに挙げられたのは「捧げ銃」だったはずだ。

というわけで、義務教育の中で国民体操の訓練を受けた人々は「気をつけ」の姿勢を取ることができるようになった。逆に言うと、この訓練を受けるまで「気をつけ」の姿勢をとることのできる国民はいなかったのである。なぜか。それは、人生のほとんどすべてを職業生活の中で過ごした当時の人々にとって、「気をつけ」の姿勢をとることはほとんどなかったからである。今回『しぐさの世界』を買い戻してパラパラめくるのだが、この点についての説明はない。間接的な説明が散らばっているだけだ。

ところで、正しい「気をつけ」の姿勢をとることは心身の健康のために必要だ、という説はときどき見かける。ぼくが実際に読んだことのあるのは、野沢秀雄『姿勢を直せば健康になる』(福昌堂)だろうか。この本は前後・左右ともに姿勢のゆがみが心身の健康にどう悪いか説明していたはず(いまぼくは入院中なので手元に本がない)だが、この本とは別に「身体の重心が下がるとうつになる」みたいなことを書いているサイトを散見したりもする。そうすると、古典的な「国民体操」の概念によって成立しているプログラムは、姿勢を矯正するという目的を達する限りにおいて、健康にいいはずだ、という推論が成り立つ。

では、ラジオ体操というのは、いったい古典的な「国民体操」の概念をどの程度継承しているものなのだろうか。

これが、分からない。相応の百科事典を引けば分かるのかもしれないが、少なくとも「ウィキペディア」の「ラジオ体操」の項を見る限り、上で野村先生が言っているような「国民体操」の概念を盛り込んで成立した沿革を持つと明示的に書いてある箇所はどこにもない。

あとは、実際にラジオ体操をやって、この体操が何を目指しているのか、身体で理解するしかない。しかし、そう試みるとき、「あー、これって、いわゆる『国民体操』なのかも」と思うのである。

ラジオ体操は、まず腹筋運動や腕立て伏せのような「筋肉に負荷をかける」要素がない。次に、ラジオ体操は、「筋肉を伸ばす」要素を含むが、それを目的とするにはあまりに無意味な動作が多過ぎる。組織的なストレッチを習った人は分かると思うが、ラジオ体操をしてもたぶんストレッチにはならない。それから、ラジオ体操は有酸素運動ではない。かつての職場のとある先輩が指摘したことだが、ラジオ体操は中途半端にストレッチの要素を含むせいで、本来はその前にウォーミングアップを必要とする、と。そして、たしかに言われてみると、6時半にラジオ体操が始まって、まず歌を歌ったあと、次にするのはたぶん膝の屈伸運動だと思うが、人間は太腿を屈伸すると心拍が上がるのである。つまりあれは、ラジオ体操第一をやる前のウォーミングアップである。ラジオ体操にはウォーミングアップが必要だということを、ラジオ体操の設計者は認識しているのである。

じゃあ、ラジオ体操は何をするための体操なのか。ここからは私見だが、ラジオ体操がやっていることは、第一・第二とラジオでその間に行われる首の運動を含めて、「身体中の関節、それも末梢ではなく体幹にあるものを中心に、動くはずの方向にくまなく動かす」ことではないだろうか。

そしてこれが、野村先生が講義で言ったところの「姿勢を矯正するための国民体操」の条件なのである。ミシンがなかった頃の仕立て屋は一日中胡坐をかいているのでガニ股だったとか、お百姓は洋の東西を問わず前かがみで仕事をするので腰が曲がってしまうとか、そういうことを乗り越えて国民皆「気をつけ」を徹底するためには、開いている股を閉じるとか、前にかがんでいる腰を後ろにそらすとか、そういう「体幹の関節を中心に、動くはずの方向にくまなく動かす」運動を義務教育に取り入れる必要があった、ということである。そうした「国民体操」の原型がどういうものだったか、ぼくは知らないが、そうした「国民体操」の役目を担うことがラジオ体操にできると認められたからこそ、ラジオ体操は義務教育の中に居座り続けることができたのだろう。

左翼が力を持った時代、全体主義的な発想に基づくものは何でもかんでも悪だと思われたのだが、21世紀になると、人々は文化的なインフラストラクチャに対してかつてよりさばけたものの考え方をするようになった。いま自発的にラジオ体操を行う人々の団体っていくらでもあると思うが、それは別に報国のためだと思われているわけではないはずである。姿勢を矯正するという目的が、たまたまかつては国家の富国強兵政策と、そして今は個人の健康増進指向と、インフラを共有したというだけである。しかし、「ウィキペディア」を見ると、ラジオ体操は当初から健康増進を旗印にしていたようなのだが、いったいその具体的な効果をどこに見出していたのだろうか。これは「気をつけ」ができる人が現に少なかったという時代に「姿勢を正すと健康になる」という考え方が普及していたわけではなかろうという問題とからめて、ちゃんと研究すると面白いかもしれない。

*

以上、ひとつの講義にもうひとつの書物とインターネットでかじった知識と会社でラジオ体操をさせられた経験とを素材をそこねない程度にざっくり混ぜ合わせた「闇大学」講義の一例を開陳してみた。"HK-DMZ PLUS.COM" に「15分あったらブログを書こう。」という記事が紹介されたのはおととしの年末だったらしいが、じゃあ15分で何を書く?というひとつのネタの方向性として、今年の正月は「闇大学」を提唱するものである(ちなみに上の文章はさすがに15分では書けない。でも別に一気に書かなくてもいいのだ)。ほんとに、今はRSSフィードというものと「タンブラー」というものとがあるので、本当に価値のある文章は、どんなにネットの片隅にあってもちゃんと世に知られる時代になった。"HK-DMZ PLUS.COM" の茄神緑さんはニュースサイトだけでなく「タンブラー」の世界でも影響力のある方なのだが、ぼくはいつか自分の文章が、"HK-DMZ PLUS.COM" 本体とは言わないけれど、この方の「タンブラー」で紹介されるようになりたいなあと思っている。ぼくは基本的には時代を超える文章を書きたいのだけれど、そういう自分にして同時代の人からも求められる文章を書ける能力とそれを書くことの意味をきちんと見失わずにいられれば、それは素晴らしいことだと思うのだ。

(2012年01月)

術後、あるいはテンダーでハートウォーミングな

Traveling_notes

17時くらいに執刀医の先生が来て「多めに切りました」と言う。ニッセイの診断書用紙を渡し11/9に外来でもらいたい旨を告げる。あと「病理検査の結果が悪性でも差し支えありません、1)覚悟してるから 2)保険を楽しみにしてるから」と伝えると笑っている。19時半くらいに耳鼻科の部長が来て「声出してみ」と言うので驚くが出してみると出るので「ええ感じや」と言われる。

食事も出ない病床でソルマルトの点滴を受けながら葉加瀬太郎の『トラベリング・ノーツ』をぼおっと聴く。むかし病院で働きながら「オレ、入院することになったらHDDプレイヤーを買ってマーラーの交響曲全集を聴くんだ」と思っていたのだが、実際に入院してみるとどんなに聴き慣れていても大規模な交響曲は聴く気にならない。「上質なイージーリスニング」が入院には合っている、と思って、最初に入院したときは『フランク・ウェス・カルテット』を、2回目は金原千恵子さんの『ベルベット・ナイト』を聴いていたのだが、今回『トラベリング・ノーツ』というか「陽のあたる家」を聴きながら、結局病室には「やさしい」音楽が似合うんだ、と思う。入院病棟は基本的にどこか弱っている人が暮らす場所だから、多少ウソっぽくてもテンダーでハートウォーミングな音楽が似合うのであり、葉加瀬太郎はうってつけである。ぼくはこの人のアルバムというと『ホワット・ア・デイ』も持っているが、それなりにスタイリッシュな『ホワット・ア・デイ』より歌謡曲っぽい『トラベリング・ノーツ』の方が病室にはふさわしい。全日空の飛行機に搭乗すると葉加瀬太郎の「アナザー・スカイ」という曲に出迎えられると思うが、あの曲が入っているアルバムである。

(2011年10月)

事前説明、あるいはコルヒチンの副作用

11時に麻酔科の先生が来る(午後だと思っていたので驚く)。初回の手術からずっと担当して下さっている方である。眼鏡っ娘で、超好みのタイプなのだが、前回は忙しかったのか、なんかとてもあわただしい感じで別人のように見劣りした。今回は時間に余裕があるのか落ち着いている。ええなあ。やっぱりええわ。ひととおりの説明を受けたあと、「質問はありますか」というので「結婚されてますか」ときくと「してます。子供もいます」というので「残念ですね」と答える。たいへん残念だ。

それで何か雑談になるのだが、「父が骨髄異形成症候群になったのはコルヒチンのせいじゃないかと私はずっと思っているのですが」という持論を口にしたところ「調べてみましょか?」というので「ぜひ」と答えたところ、ほどなくして『今日の治療薬2011』という本のコピーを持ってきて「関係ありますね」と言う。「コルヒチン」の項に「重大な副作用」として「再生不良性貧血」と書いてある。ちなみに「アロプリノール」のページのコピーも持って来ていてそこにも「重大な副作用」として「再生不良性貧血」と書いてある。父は発症した頃「再生不良性貧血か骨髄異形成症候群か」と言われた。父はその前に胆管がんにかかって十二指腸全部と膵臓半分を取っていたりするのだが、がんが転移して骨髄異形成症候群になったのか、コルヒチンの飲み過ぎで再生不良性貧血(二次性)にかかったのかについてはどの程度詳細に検査されたのかは分からない(いちおう家族への説明は「骨髄異形成症候群」だった)。ぼくは痛風になると「ロキソニン」を飲んでしのぎ「コルヒチン」を勧められても断っている(そもそも痛風発作にほとんどならない)が、こうした情報に接するとやっぱり「コルヒチン」は飲まない方がいいのかもしれないと思う。ぼくは胃が弱いので薬全般が嫌いで、本当はアロプリノールも飲みたくないのだが「いま尿酸値を下げておかないと60歳になったら腎臓透析だぞ」と医者から脅されるので仕方なく1日1錠だけ飲んでいる。ちなみに尿酸値はおそらく10年以上8.5mg/dlを割ったことがない(すぐ10mg/dlぐらいになる)。それでも痛風発作はめったに起こらない。

ところで『今日の治療薬』の発行元は南江堂というらしいが、「それってオレが学生のときに買わされたラテン語の教科書の出版社よね?」と思って調べてみると、『新ラテン文法』というその教科書は、今は新版が別の出版社から出ているようだが、かつてはたしかに南江堂から出ていたようだ。医者というのは、少なくともかつてラテン語を勉強する必要のある人種だと認識されていたのだろう。

続いて執刀医の先生が昼食の直後に現れる。ラリンゴマイクロ・サージェリーの説明はすでに聞き飽きているので、「今回も数ヶ月単位で声が出なくなるくらい切りますか?」と聞くと「声が出るように手術しようと思いますが」というので「いや、単に心構えとして聞いておきたいだけで、再発防止を重視して治療した結果、声が長期間とか恒久的にとか出なくなってもそれはそれで結構です」と答えたところ「ではその旨同意書に明記しましょう」という話になる。ちなみに退院は10/31。手術の翌日10/27に内科を受診するのも問題ないのだが、病理検査の結果発表が11/9(水)になると言う。そこから実家への引き揚げ作業にかかり、終わって再就職活動にかかるとしたら、11月中は再就職できないのではないだろうか。失業給付を受けることを考えた方がいいのかもしれない。

(2011年10月)

R.P.ROMINA 40BANI(ルーマニアの40バニ切手)

Rpromina_40_bani 東大阪の木造アパートに住んでいたことがある。玄関とトイレが共同で風呂はなし、4畳半に1間の押入れと流しがついていてガスが来ている、そんな建物だった。

あるとき、部屋でごろごろしていて、柱に何かが貼り付けてあるのに気がついた。収入印紙か切手のようだが文字が見慣れない(ラテン文字をアレンジしただけとは思うが)。霧を吹いたりお湯で絞った雑巾で蒸したりしてから切手の下に縫い針を差し込んで慎重にはがしてみたところ何とか破れずにはがれた。それが冒頭の写真である。穴が開いたり下が破れたりしているが、これは柱に貼ってあったときからすでにこの状態だった。ちなみにはがした下に何かがあったということはない。

ミナミに古物商があるというので持っていったが「どこのものか知らんがこの状態では値はつかない」と言われがっかりして持ち帰り、そのままひとからもらった手紙やハガキといっしょに保管していた。当時はインターネットというものがなかったので自分で検索してみるという発想がなかったのである。

最近、思うところあって過去の郵便を一斉に処分したが、この切手が出てきて「ああ、ネットで調べてみればいいんだ」と思った。右上に "40BANI" と書いてあるが、これが額面だろう。「バニ」という通貨単位がどこで使われているか調べればいいのだ。

それでルーマニアの切手だと分かったのである。しかし画像検索してみても同じ切手は出てこない。

いまこれをネットで公開する目的はたったひとつで、「だれか買うてー!」ということである。そもそもどの程度稀少性のあるものなのか分からないのと、ミナミの古物商がいったとおり、どんなに古くて稀少でもこの状態ではなあ……というのはあるだろうけれど、ぼくが持っていればいつかは散逸して終わりなのだ。こんな状態でもそれなりに価値があると思っていただける、コレクターというよりは研究者みたいな方がいればいいがと思う。なおメールアドレスはプロフィール欄を参照いただきたい。I'll sell the stamp above if you should want to get it. See my profile page, and you find my E-mail address.

しかし、どうしてルーマニアの切手が東大阪の木造アパートの柱に貼り付けられていたのだろうか。このアパートはぼくが住んでいた当時日本に出稼ぎに来ていたブラジル人でにぎわっていたのだが、ブラジル人はそのままではルーマニアと縁はないと思う。日本に来そうなルーマニアの関係者というと、ボルシチの前にマカロニを食う双子の兄妹とかでなければ、ルーマニア人の妻を持つギリシャ人やトルコ人の船乗りとか(そういうケースがあるのかないのか分からないが)ぐらいしかぼくの想像力では思いつかないが、船乗りが東大阪(高井田)に部屋を借りるというのも無理がある(たしかに大阪港から地下鉄で1本だけど)。謎だ。

※この記事をもとに想像をたくましくして物語をものされるのはどなたも自由である。

(2011年10月)

繁忙期の新幹線でゆったり座る裏ワザ、ついでににしんそば

Nishinsoba 繁忙時の新幹線は無理して指定席を取るより時間を選んで自由席に乗るに限る。たとえば首都圏から関西に向かうとして、品川6時半くらいの電車に乗ると、たとえ繁忙期でも自由席はガラガラである。もちろんそういうことをしようと思ったら自宅の最寄駅は始発に乗るとかいう話になるのだろうが、これはそうする価値がある。特にお子さん連れの場合、たとえ指定席が取れてちゃんと座れるにしても、あの大混雑自体が子供にはストレスになると思う(大人でもあれは不愉快なのだ)。逆に、新幹線の中は寝る以外にすることってあまりないのだから、あさ子供をたたき起こして寝ぼけまなこのままガラガラの自由席に乗り込んで車内でゆっくり寝直せばいいのだ(子供がちゃんと寝つけば、車内を走り回ってほかのお客さんに迷惑をかけたりもせずに済む)。これは夜もそうで、京都で20時台に東京行きの新幹線に乗ると自由席はガラガラである。こういう電車に子供を乗せると東京駅を経て帰宅したら0時を回っていたりしてやや酷な感があるが、お父さん方にとっては何ほどのことでもないだろう。

新幹線は自由席に限るのである。とある正月4日の真っ昼間、関東へ戻ろうと米原で新幹線を待っていたところ、入ってきた「ひかり」は指定席が満員なのに自由席はガラガラである。これが正月3日の夕方だとこういうことにはならなかったのだろう。以来新幹線は「時間を選んで自由席」という発想が身についた。

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名古屋できしめんを食べようかと思ったがやめにして、代わりに京都でにしんそばを食べる。京都に6年も住んでいたのに、にしんそばって食ったことがなかったのだ。新幹線を八条口に出てむかし近鉄の改札があったところをさらに奥へ行くと食堂のある一角がある。そば屋は2軒あるが、手前の店に入ってみた。

出てきたものの写真を掲げる。昆布とみりんが利いていてやや酸味のある、関西では珍しくないがぼくとしてはあまり好きではないタイプのそばつゆだが、甘辛いにしんと馴染み過ぎないところが逆にいいのかもしれない。そばのコクとにしんの脂が合う。うまい食い物だなあと思うわけでもないが、間違いなく食べ飽きない。身欠きにしんを煮付けるのは手間がかかるからかいまは何となく高級料理だが、昔はそうでもなかったのかもしれない。

(2011年7月)

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